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2007-05-23(Wed)

恋多き個性派女優 塩沢ときさん逝く

 個性派の脇役として活躍した女優でタレントの塩沢とき(しおざわ・とき、本名塩沢登代路=しおざわ・とよじ)さんが17日午前3時23分、スキルス胃がんのため東京都目黒区の病院で死去した。79歳。東京都出身。舌がんや2度の乳がんを克服したが、昨年4月に胃がんが見つかり入退院を繰り返していた。独身を通したため故人の遺志で死後24時間経過後の18日に、病院から火葬場に搬送され、そのままだびに伏された。 ≪がんと何度も闘い…≫奇抜なヘアスタイルと歯にきぬ着せぬトーク、ドラマで演じたリッチなマダム役などでお茶の間の人気者だった塩沢さんが帰らぬ人となった。 所属事務所の東宝芸能によると、昨年4月に進行性のスキルス胃がんが見つかり、都内の病院で手術。そのまま入院生活を送りながら治療を続け、容体が安定した同11月から今年1月までは都内の自宅で静養に努めた。2月に体調不良を訴え再入院。みとった関係者によると、3日ほど前から意識が薄れ、苦しむことなく眠るように息を引き取ったという。長野県飯田市に塩沢家の墓があり、死期が近いことを悟ったのか、最近よく墓の掃除を地元の人に依頼していたという。 疎開先の長野から帰京した1947年、東宝の新人募集に合格し、第2期ニューフェースとして芸能界入り。50年の「女三四郎」に端役でデビューし、54年には「うれし恥かし看板娘」で初主演を飾った。

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 お茶の間人気を一気に高めたのがフジテレビで84年に始まった小堺一機(51)司会の「いただきます」。独特のヘアスタイルと大きな眼鏡で出演、過激な発言も受けてブレーク。バラエティー番組に引っ張りだことなった。 一方では、闘病の人生を送った。30歳の時に舌がんを患い、総入れ歯になった。85年には乳がんで右の乳房を摘出。99年には骨粗しょう症を発症。04年9月には左胸に乳がんが見つかり、全摘出手術を受けるなど、文字通り満身創いの生涯。「愛ときどき涙」(85年、講談社)「がん人生」(92年、データハウス)といった著書で、自らの闘病生活を明かしていた。 81年、テレビ朝日「徹子の部屋」に出演した際、「男性のものを頂く」という過激な表現を用いて話題を呼ぶなど、恋多き女性としても知られたが未婚で通した。後日お別れの会が行われる。 ◆塩沢 とき 1928年(昭3)4月1日、東京市牛込区(現東京都新宿区)生まれ。47年東宝入りし、59年の「大学のお姐(ねえ)ちゃん」で本名の「塩沢登代路」から「塩沢とき」に改名。「どですかでん」(70年)「駅/STATION」(81年)などの映画、「アニーよ銃をとれ」(64年)「嫁も姑(しゅうとめ)も皆幽霊」(04年)などの舞台、NHK「いちばん星」(77年)TBS「やる気満々」(79年)フジ「鬼のいぬ間に」(83年)などのドラマに出演。一昨年のフジ「新・細腕繁盛記」がラスト作となった。 ▼スキルス胃がん スキルス(硬い)という呼び名の通り進行に伴って胃全体が硬く、内腔(ないくう)が狭くなっていく。通常の胃がんより発症年齢が低く進行が早い。腹膜転移などのため手術ができないことも多く、たとえ切除できたとしても5年生存率は15~20%。タレントの堀江しのぶさん、司会者の逸見政孝さんもこの病気で命を落とした。

(引用 livedoorニュース)




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